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中讃地区農業後継者クラブ

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香川オリーブガイナーズ~香川発バッテリープロジェクト~
ホーム加工品「伊吹島産・かえりちりめん佃煮」1セット5袋〜小豆島・つくだにの町から、丸仲食品がコトコト煮込んだ佃煮をお届けします〜
商品詳細

「伊吹島産・かえりちりめん佃煮」1セット5袋〜小豆島・つくだにの町から、丸仲食品がコトコト煮込んだ佃煮をお届けします〜

販売価格: 3,100円 (税込)
数量:
送料:1梱包料金864円(2梱包では1728円となります) ※北海道・沖縄・離島・一部地域は除く

「伊吹島産・かえりちりめん」佃煮。ご飯のお供に!お酒のおつまみに!1セット5袋●内容量:1袋80g×5袋●原材料:かたくちいわし、醤油、発酵調味料、砂糖、還元水飴、醸造酢、山椒の実、寒天●保存方法:開封前は、直射日光を避け常温保存。開封後は、要冷蔵(10℃以下)にて、お早めにお召し上がりください。●賞味期限:6ヶ月(開封前)

こだわりポイント(1)すべて国産の原材料・調味料のみを使用。瀬戸内海・伊吹島産かえりちりめん、小豆島産本醸造醤油、種子島産ざらめ、国産みりん風調味料、国産の実山椒。(2)昔ながらの手作り製法。ガス釜&直火で、じっくりコトコトていねいに炊き上げ。(3)安心・安全。保存料不使用。

伊吹島について:瀬戸内海の燧灘にある伊吹島は、観音寺港より西10kmに位置し、周は5.4kmで有人島としては香川県西端となります。江戸時代以前からの四季折々の民俗・宗教行事が続けられています。良質な“いりこ”(カタクチイワシの煮干し)の産地として有名です。
かえりちりめんについて:いりこはイワシの成長によって呼び名がかわります。ちりめん(1〜3cm)→かえり(3〜4cm)→小羽(4〜6cm)→中羽(6〜8cm)→大羽(8cm以上)

ちりめん(しらす)はイワシの子で、だいたい生後1〜2ヵ月のものが「ちりめんじゃこ」として商品になります。そして成長するにつれて口やお腹の部分が銀色を帯びてきて、体全体も変態して稚魚の姿から親魚(イワシ)の姿にかえるということで、「かえりちりめん」と呼ばれます。 さらに大きくなると「いりこ(小羽・中羽・大羽)」になります。

かえりちりめんは、量的に少なく、市場にもあまり出回らない貴重なものです。いりこに比べて、魚のくさみや苦味が少ない上に、うまみがずいぶんありますから、佃煮にはまさにうってつけのお魚です。

瀬戸内海に浮かぶ香川県・小豆島で、豊かな自然に育まれ400年の歴史を誇る本醸造醤油を使用し、手間暇をかけてコトコト煮込みました。
小さな町工場なので、大きなメーカーさんのように大量生産は出来ませんが、「まごころ」だけは大量に入っています。
便利さが優先される今の世の中ですが、暖かい日本の心と肌のぬくもりを皆様に感じて頂けるような佃煮を作り続けたいと思います。

ガス釜&直火→熱の対流があるから、おいしく炊き上がります。
醤油は小豆島産本醸造を使用→化学的に作った醤油に比べ、うまみだけではなく、“醤油の香り”がしっかり漂います。
あまり混ぜないのは、かえりちりめんの頭が極力とれないようにするため。(味の染み込み具合にバラツキが出ないように、少しは混ぜます。)
砂糖は、種子島産のざらめ(粒子が細かいもの)を使っています。
種子島で栽培されたサトウキビを原料とし、刈り取られた新鮮なものを即、糖汁を絞り、煮詰め、濃縮し、結晶を取り出した砂糖です。コクとマイルドな甘さが特徴。また、白砂糖(上白糖)と比べ、ミネラルが多く含まれています。
工程3:火を止めて、しばらくそのままつけておき、出来上がりです。※ひと釜で出来る佃煮は、7〜8kgです。大きな釜を使えば、一度にもっとたくさん出来ますが、味が均一にならないため、あえてこのくらいのサイズの釜を使います。

おすすめの食べ方:ご飯のお供にはもちろん、お酒のおつまみにも適しています。お子様にも食べやすいように、おにぎりの具
としても。

小豆島佃煮の歴史:丸仲食品の創業

小豆島には中世以前から製塩業があり、近世に入っては豊臣、徳川両時代には天領として、公儀へ塩を貢納することを例としていた。特に、元禄から寛政の約100年間はその最盛期であった。
やがて、江戸後期になると、瀬戸内各地で塩の生産過剰になり、休浜や廃浜が続出した。小豆島も例外ではなく、これに付随した塩問屋、廻船業も衰退した。その頃、この塩を利用して文禄年間(1592〜95)から自家製として作られていた醤油が、しだいに営業化していき、新企業として醤油醸造業が出現する。
この醤油は明治・大正・昭和と大飛躍し、小豆島醤油として全国に名を成すが、太平洋戦争のために資材が極度に不足し、特に終戦後は悪質な醤油が横行、その上占領軍がアミノ酸醤油を奨励したため、往年の優秀な天然醤油に危機が訪れた。
佃煮は戦前より企業として島外にはあったが、この時期にこの小豆島の優秀な醤油を利用し、佃煮製造を始めた先覚者が現れ、これが次第に発展して今日の小豆島佃煮へと拡大したのである。
丸仲食品の創業は、昭和28年。終戦後の連合軍総司令部が解散し、いよいよ日本が独立国となった翌年である。その3年後、法人化し品目を拡大。創業以来、約半世紀の間伝統の味を守り続け今日に至っている。
(参考資料:「佃煮30年の歩み」 「苗羽の今昔」)


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